- 花の企画社の歩み -


1964年 岡村昭彦(写真家故人)のカメラが捉えたベトナム戦争の悲惨を知る。
「日本東南アジア学生親交団」を結成。
戦火のベトナムをはじめ、タイ、カンボジアの計五大学を訪問し
学生たちとの交流を深める。帰国後ベトナム難民故事救済活動を展開
1968年 「ベトナム民族文化展」を開催。 (読売新聞共催)
1971年 株式会社 花の企画社を設立
平和な日本、美しい日本作りに貢献、潤いのある豊かな社会作りへの貢献を謳い、同時に会社がこの目的に反する方向に進んだり、私有化の方向に進んだときは直ちに解散することを定款に明記する。
1972年 「花と緑の空港計画(北総農芸センター構想)を千葉県と全農に提出。
農事組合法人「花の生産舎組合」を設立
1973年 千葉県、全農の協力により、花のパイロットファームを成田・東峰に開く
(現・千葉県花植木センター)=千坪温室3棟を含み7千坪の敷地で
企画、生産、輸送、管理から供給までの一貫したフラワーチエーンシステムを確立
1977年 小学校に花を贈る「花の輪運動」を三菱広報委員会より支援を得て開始。
1982年 「花の輪運動が」地域住民の参画を得て市川市や成田市などへ広がりを見せる。
1985年 国際青年年のイベント「青年による花のシンポジューム」開催
1986年 「財団法人 花と緑の農芸財団」を設立。
親交会時代からの支援者の一人である田実渉氏(元三菱銀行・故人)の遺志を引き継いだ瀬島龍三氏(伊藤忠相談役・故人)の、力強い協力を得て、代表発起人・初代理事長として長島茂雄氏を迎える。
心の時代がやって来る。の願いのもと、「花と緑の農芸村」概要構想を発表
「花で結ぼう地球の平和」を開催。農芸塾を開塾。
1987年 農林水産省事業「フラワービレッジ倉渕」実現へ倉渕村と覚書を調印。
1988年 フラワービレッジ構想の実現へ向けて芝山町から要請を受け、長島理事長と共に参画。
厚生省主催、全国健康福祉祭り 第一回「ねんりんピック」参画。
1989年 「みどりの日」が制定され、第五回「花と緑のフォーラム」を開催する。
1990年 「食と緑の博覧会」千葉銀行と共に参加。
1991年 第三回 世界陸上選手権大会に花と緑で協力する。
1992年 農芸財団、十二年ぶりの巨人軍復帰を機に名誉理事長に長島茂雄氏、新理事長に前田福三郎氏が就任する。
1884年 「第十二回 全国都市緑化ちばフェア」に実行委員として参画する。
1998年 全国精神障害者家族連合会 「ハートピアきつれがわ」園芸プラン調印。
2001年 「花と緑と農芸の里(フラワービレッジ)」実施要綱を作成する。
環境事業団助成事業「空港周辺における環境に配慮した花と花の里づくり」を開始する。
2002年 「花と緑と農芸の里」の「和い処」の完成。
2005年 株式会社 花の企画社千葉支店を分離して株式会社 花の企画社千葉 設立
2009年 「花の時代 心の世紀」 出版
「花」について「平和」について語り始めよう。
2010年 第65回国民体育大会(ゆめ半島千葉国体) 立体花壇設置